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第十七話 口は災いの元
準々決勝の左田純子は圧倒的だった。
(ジュンコさん絶好調じゃない。強すぎるなぁ。これが決勝じゃなくて良かった)
《今は二着でも良いわけですからね。なんとかして猿山プロを捲りましょう》
左田純子はプロ歴は長いがほんの数年前までノンタイトルだった。それがこの数年間で雀聖位を含めた数々のタイトル戦で好成績を残し、仕事の方では編集長になり、更に自分の趣味を目一杯詰め込んだ新しい雑誌『月刊マージャン部』まで作るという夢も叶えて、今まさに左田純子の人生は絶好調だった。
(積み重ねてきた努力がやっと形になって返ってきた)と左田は最近そう思うことが多いと感じていた。
この半荘は『純全帯么九(じゅんちゃん)』を東場に2回もアガってあっという間に場を制圧。
左田は三色が得意である他にも純チャンが好きという傾向もある正真正銘の手役派雀士だった。
『純子の純チャン』が決まる時、左田の勝ちを防げる者は居なかった。ましてそれが2発ともなれば。
二着争いは大接戦の数千点差の攻防を繰り広げる財前カオリと猿山和寿。一応、現状二着は猿山だ。カオリとの点差は1100点。
左田はもう準決勝進出確定の持ち点を持っているのでアガりに来なくてもいい。二着争いを眺めているだけでいいのだ。だがしかし、またしても左田の手が倒された。
「ロン」
左田手牌
一一一一二四四六七八九九九 ドラ九
「16000」
「メ…… メンチンドラ3……」
放銃したのは橘浩樹だ。ついに橘は持ち点がマイナスに突入。しかし、残酷なようだがこの大会にハコ割れ終了ルールはない。ルールのおかげでカオリはまだ二着逆転のチャンスが残った
213.第十一話 威嚇ポン(んもう! やっかいな体質ね。冷静な私にしか使いこなせないわよこんなの)《……いま使いこなせてなかったですけど》(大会準決勝の役満テンパイで冷静になれは私でも無理でした)《フフッ! いや、笑い事ではないですね。申し訳ない。私のせいで》(そんな、気にしないで。こんなのは笑ってくれればいいの。それにまだ始まったばかり! 私なら大丈夫だから)《そうですね、がんばって!》 しかし、その後カオリにチャンスはしばらく訪れず、苦しい展開のまま耐えているのが精一杯だった。役満テンパイという大チャンスを逃しただけあり、そう簡単に回復の機会は来てくれない。(くそぅ。このままじゃジリ貧だ。かと言ってアガる術はない。せめて、足を引っ張るような威嚇くらいしなければ…… 二回戦目で2位争いには参戦できるように)「ポン!」打9『おっと! 財前香織この形から上家が切ったドラを叩きました!』カオリ手牌 ドラ⑧二四六②③⑥1188(⑧⑧⑧)『どうするつもりなんでしょう? いくら頑張っても最速でタンヤオのサンシャンテンですが』『これは…… 威嚇ですね。足止めです。誰にもアガらせないぞと言うことでしょう。ドラ対子の手をアガリが遠いことから足止めとして利用するとは…… たいした娘だ』『上家の薬袋選手は緻密な打ち手ですからドラポンされては無視できないでしょう。1番整った手格好でしたが――』薬袋手牌三三四伍①①③④45788 白ツモ『白を引いてしまいまし
212.第十話 準決勝B卓開始! 今日は師団名人戦準決勝B卓開催日だ。出場選手財前香織プロ左田純子プロ久本一夫アマ薬袋光太郎(みないこうたろう)アマ アマチュア枠から出ていた雀荘『富士』の元従業員である久本カズオがなんと準決勝まで残っていた。あの、勝てないのを理由に退店したカズオがである。『小林プロの予想を聞いてもいいですか?』『え、そうですねー。……分かりません!』『そんな!』『いや、だって分かんないですよ。財前プロはまだ新人ですけど技術は充分にあります。左田プロはいま勢いがある人の1人。久本一夫さんはアマチュアの試練を勝ち抜いている猛者ですし、薬袋さんは芸人とは思えない緻密な麻雀の打ち手、こちらも芸能人枠で優勝してきた実力は本物です。どっち見ても強者で全員勝ちそうですよ』『まー確かに分からないですよね。実績ある大会決勝の常連プロたちが今回は全員準々決勝あたりで敗退しましたからね。本命の河野プロも34期師団名人の古川プロも準々決勝敗退してますし』『まあ、一番怖いのは結局、左田プロじゃないですかね昨年雀聖位についてからの勢いは凄いです。リーグ戦も好成績を叩いて昇級しましたからね』『じゃあ私は財前プロに1票』『ありえますね。彼女は強いです。っと、そろそろ時間になりますね。選手たちは揃っています』『それでは! 時間になりましたので対局開始して下さい』「「よろしくお願いします!!」」 ゲームを開始するやいなや東1局からカオリに勝負手が来た。南家カオリ手牌 5巡目一一二二二八八八11589 9ツモ ドラ②
211.第九話 カオリたちの青春「「かんぱーい!!」」 カオリたち麻雀部はミサトの決勝戦進出を『グリーン』で祝っていた。今日は特別にいつもは頼まないコーヒーフロートだ。「やー、やっぱりフロートはソフトクリームよりバニラアイスに限るわ。このアイスと氷が接触してる部分にシャーベットが出来上がって、それがコーヒーとすごく合うのよ。わかる?」「あー分かる! そこ美味しいよね!」 タイトルホルダーだろうがプロ雀士だろうが女の子はアイスが好きなのだ。ワイワイワイワイ あーだこーだ騒がしいカオリたちだが今日はもうお客さんがカオリたちしか居なかったので容赦なく騒いだ。こんな時間がカオリたちの青春だった。楽しい。心から好きだと思える仲間たちと今のこと、未来のこと、思い出話。好きなことを好きなだけ話す時間。 こんな風にwomanともずっと話していられるものだと思っていたのに。(大人になんてなりたくないな……)《なにを言ってるんですか。そんなの無理ですよ。生きている以上必ず大人にはなります》(そうだね。分かってるよ)《カオリ、幸せな大人になりなさい》「カオリー。私、明日早いからもう帰るよー」「あっ、待ってよマナミ~。一緒に帰ろうよー」「あんた達姉妹は本当仲良しね。よし、私もそろそろ帰ろう」そう言ってミサトも精算を済ませた。「みんなもあまり遅くならないようにね。じゃお先に」「バイバーイ」「さよーならぁ」────── 駅までの帰り道、カオリたちはさっきの話の続きをしていた。
210.第八話 準決勝A卓決着!(や、や、やられた! やらかしたーー! トイトイ三暗刻!? ここに来てツモスーってあんた。伍萬切っとけば良かったかー。三色なくてもトップだもんね。……まあ、伍萬の方が安全なんてそんな根拠は場にひとっつも書いてないから無理なんだけどさ…… そもそもオーラスはアガリやめなしだから打点はあった方がいいし……)そう思うとシオリはある人の書いたブログ記事を思い出していた。◆◇◆◇“麻雀にはすべき選択をしても負ける時があります。それでもいい。ミスして負けたのでなければ。私は勝利よりも正しい麻雀を追求していきたい。正しい選択正しい攻め正しい鳴き正しいオリ正しいオリによるオリ打ちなら、それすら美しい行為に私は思うライジン”◆◇◆◇(ライジンさん。私、間違ってないよね。私は正しいよね。私の麻雀は…… 美しかったでしょう?) シオリは『ライジン』というブロガーの記事をいつも参考にしていた。いつのまにかシオリにとってライジンは心の師匠のような存在になっていたのだ。これに勝ったら決勝進出をダイレクトメールで報告したいと思っていたが、今負けた。(だが、美しく打てたんですよと。そう報告しよう――) シオリはカメラの前だったので悔し涙を堪えてなんとか微笑む。うまく笑えてない気がする。表情も作れないくらいショックだった。すると――「待ってください」 そう言ったのは豊田だった。「みなさん忘れてませんか
209.第七話 新田の実力 新田は自分の実力を分かっていた。そんなには強くないと。普通の人より少しは勝てるがプロフェッショナルの連中には勝てない。そんな事は知っていた。今だって、若手の注目株な豊田プロや女王シオリ。そして新人王ミサト。どちらを見ても真のプロ選手であり自分にとって格上の打ち手であることは分かってた。(このような舞台に立てる機会はきっとこの先、生涯無い。おれの実力じゃあ準決勝に居るだけでも僥倖なんだ。もうこうなったら勝ち負けじゃない。たった一筋でいいからコイツらに生涯記憶に残るような深い爪痕を。新田忍という雀士の底力を…… 一撃だけでも、見せつけたい……!) 新田の願いは届いて次局、親番の新田に手が入る。タンヤオドラ3を3巡目にメンゼンテンパイ。(落ち着けー。まず落ち着けー。今なら直撃で取れる可能性まであるんだ。リーチはやめとこう) そっと牌を縦に置く新田。 すると。思惑通りシオリから直取りが決まる。「ロン。12000」「はい(まだ4巡目よ!?)」 次局はミサトが2000.4000は2100.4100をツモり、激しい戦いとなる。「ロン!」「ロン!」「ツモ」「ツモ」「ツモ!」「ロン」────── 荒れに荒れた準決勝二回戦オーラス。ついに白山シオリは総合点数微差トップまで落とされていた。何か失点すれば二着落ち、新田には満貫放銃で三着落ちとなる所まで落ちてきてしまった。(何でこうなったんだろう。私はしっかりと守っていたはずなのに……)シオリは頭が痛くなって
208.第六話 手牌占い 一回戦でシオリに突き抜けられたのでこれをどうするかミサトは考えていた。(総合二着までになれば通過するわけだけど、どんな作戦で行こうかしら…… とりあえず現状私は二着ではある。攻めるしかない三着四着を叩くか? いや、二着目に放銃ならよしとするトップ目を狙う手もあるな。まあ、なんにせよ。弱気じゃダメだ。白山詩織を捲るつもりで行こう) シオリはゲーム回しに長けている展開勝ちするタイプの打ち手である。展開コントロールを得意とする打ち手にとって総合二着までが勝ち抜きの二回戦方式ゲームで一回戦にリードしているなんてのは完全なる勝ちパターン。それはミサトも理解していたし豊田プロも女王シオリを研究していないはずはなく、豊田はどうやって二着に選んでもらおうかと考えていた。シオリは一回戦でダントツになったし、捲る必要のないゲームならそこは二着でいいはずだ。 しかし、だからこそこのゲームでミサトはトップ通過を目指した。その読み違いがシオリの足元を掬って強烈な右ストレートが一発決まるのではないかと考えた、イメージとしてはそういう作戦だ。 そして、もう1人トップ通過を目指した奴がいた。 新田忍だ。 なんでとか、1位通過狙いは無意味とか、どうでもいい。新田はただ勝ちたかった。歴史あるこの師団名人戦の準決勝に来たこと。それが新田の魂を燃え上がらせていた。まして一回戦はラスだ。もうどうせトップを取るしかない。どうせなら強烈なトップで1位通過してやる。そのくらいの気概でいた。細かいことは考えない。勝つ! ただそれだけ。 この2人のトップ狙いが計算女王と言われる白山シオリの読みを大きく狂わせることになるのだった。そう、勝負とは相手の注文に乗らないのが一番の必勝法。その事をシオリはこのゲームで学ぶことになる。 準決勝A卓二回戦、間もなく開始。────